2019年04月02日
社会・生活
客員主任研究員 松林 薫
研究員 古賀 雅之 平井 真紀子
外国人労働者の受け入れ対象を単純労働まで拡大する、「改正出入国管理法(入管法)」が4月1日に施行された。日本では少子高齢化で働き手が不足しており、今後はホワイトカラーも含め外国人材の登用が進む見通しだ。一方、移民の増加は社会にさまざまな課題を突きつける。英国の欧州連合(EU)離脱や米国の保護主義といった世界の不安定要因の多くは、移民問題から生まれている。日本が多文化共生時代を迎えるには何が求められるのか。
増える「外国人の街」
タトゥー(洋風の刺青)の店、ポルトガル語の看板を掲げたバーや中古車店...。東武鉄道の西小泉駅(群馬県大泉町)を降りてしばらく歩くと、南米の街に迷い込んだような錯覚にとらわれる。
午後5時過ぎ。ブラジル国旗がはためくスーパーの駐車場に、自動車や自転車が次々に到着する。ほとんどが仕事帰りに食材や日用品を買い求める外国人労働者たちだ。
ブラジル国旗がはためくスーパー
店に入ると、ブラジルやペルー、フィリピン、ベトナムなど世界各国から輸入された派手なパッケージの加工食品が並び、香辛料が放つ独特の香りが漂う。野菜売り場にもケールの葉など、日本のスーパーではあまり見かけない食材が目を引く。店員も日本語やポルトガル語などを器用に使い分けて接客していた。
派手なパッケージの輸入加工食品
ここ大泉町は、「ブラジル人の街」として全国に知られる。かつて戦闘機を製造していたこの地は、今でも大手メーカーの工場が集まるモノづくりの拠点だ。企業が人手不足を補うため、1980年代以降、南米の日系人やアジアからの技能実習生を呼び寄せたことから、街の姿は大きな変貌を遂げた。
大泉町の人口は4万1793人、うち外国人が7663人で18%を占める(2019年2月末)。この小さな街に昨年、全国の注目が集まった。政府が単純労働者の受け入れを解禁する方針を打ち出したからだ。「多文化共生」が始まって20年以上が経つ街の実態に迫ろうと、マスコミが相次いでとり上げたのである。
ただ、大泉町で見られる風景は決して特殊なものではない。東京都でも新宿区は外国人比率が12%を超えており、語学学校の留学生が多い20歳に限ると4割を超える (2019年1月末)。K-POPに代表される「韓流」に沸くJR新大久保駅周辺では、ハングルや中国語の看板が林立し、平日も若い女性らでごった返す。
政令指定都市の静岡県浜松市でも、大泉町と同じく日系ブラジル人らが独自のコミュニティーを築く(インタビュー参照)。漁業や農業が盛んな地域でも、今や外国人の助けがなくては作業が立ちいかない。島国で文化の同質性が特徴だった日本でも、急速に多国籍化が進んでいるのだ。
東京・JR新大久保駅周辺
新たな在留資格を創設
この多国籍化に拍車を掛けそうなのが、冒頭で紹介した2018年12月の臨時国会で成立した改正入管法。就労が可能な在留資格「特定技能1号」と「特定技能2号」の創設が柱になる。
特定技能1号は「相当程度の知識または経験を必要とする技能」を持つ外国人労働者に認められる。最長5年の技能実習を修了するか、監督官庁が実施する技能と日本語能力の試験に合格すれば取得できる。農業や介護、造船など人手不足が深刻な14業種における、比較的簡単な仕事が対象になる。ただし、在留期間は通算5年に限られ、家族の帯同も認められない。
一方、特定技能2号は「熟練した技能」を持つ外国人労働者に認められる。特定技能1号での労働経験を積んだ上で、監督官庁が実施する高度な技術試験に合格すると与えられる。例えば、現場監督などの熟練した技能を要求される職種が対象となる。1号と異なり家族の帯同が可能で、在留資格の更新回数にも制限がないため、事実上の永住権といえる。
実は既に「隠れ移民大国」
日本は戦後、原則として外国から単純労働者を受け入れない方針を掲げてきた。今回の入管法改正が「移民解禁」と受け止められたのもこのためだ。しかし、こうしたイメージとは裏腹に、実態は既に「隠れ移民大国」になっているとの見方もある。
まず在留外国人(=日本に住むすべての外国人)は2018年6月末時点で、名古屋市の人口を上回る264万人に上る。2008~2012年にリーマン・ショックと東日本大震災の影響で減少した期間を除き、その数は着実に増え続けている(図表)。経済協力開発機構(OECD)は移民を「国内に1年以上滞在する外国人」と定義する。これを当てはめると、日本の外国人移住者は43万人。ドイツ(172万人)、米国(118万人)、英国(45万人)に次ぐ第4位なのだ。
在留外国人数・外国人労働者数
(出所)在留外国人数は法務省、外国人労働者数は厚生労働省
外国人のうち、労働者は146万人(2018年10月末)。前年比で14%増え、2008年からの伸び率は3倍に達する。既に外国人労働者は単純労働を中心に日本経済には欠かせない戦力なのだ。在留外国人数に占める外国人労働者数の比率は年々上昇し、2018年には55%と初めて半分を超えた。
「就労目的外」が4割
なぜ「建前」と実態との間に乖離(かいり)が生じたのか。外国人労働者の在留資格にその答えが隠されている。永住者など「身分に基づく在留資格」が49.6万人で外国人労働者全体の33.9%を占める。「技能実習」30.8万人(21.1%)、留学生の「資格外活動」29.8万人(20.4%)、高度人材など「専門的・技術的分野の在留資格」27.7万人(19.0%)と続く。つまり、本来は就労を目的としていない留学生と技能実習生が、外国人労働者の4割を占める。日本政府は入国時点で永住権を持っていない場合は移民に当たらないとするため、これらの多くが定義から外れるのだ。
在留資格別の外国人労働者数
(出所)厚生労働省
本来の目的から逸脱
こうした矛盾の象徴が外国人技能実習制度だ。日本の企業や農家などで働いて習得した技術を「母国の経済発展に役立ててもらう」ために創設された公的制度で、本来は国際貢献が目的。現在、約31万人がこの制度を使って在留し、期間は最長5年である。ところが、この制度が実質的には単純労働力を確保する手段に使われている現実がある。
さらに、実習生と事業主が雇用契約を直接結ぶため、低賃金や長時間残業などの問題が頻発。劣悪な環境から逃れるため、失踪する実習生も後を絶たなかった。このため、2017年11月には外国人技能実習適正化法が施行され、第三者機関が実習生を受け入れる団体・企業を監督する制度が導入された。
同時に、外国人技能実習制度に「介護」分野が追加され、技能実習生が介護福祉士試験に合格した場合は無期限で働けるようにした。仕事がきつい介護現場で深刻な人手不足が発生しているためだ。しかし、「母国の経済発展に役立ててもらう」という技能実習制度の本来の目的から逸脱するとして批判もある。
経済同友会は2019年1月、外国人材の拡大をめぐり、政省令で明確にすべき規定について提言した。現在は技能実習制度から特定技能1号への移行が想定されているが、「技能実習制度と、労働力不足への対応策である新たな制度とは目的が異なる」と指摘。技能実習制度の廃止も含めた抜本的な見直しを求めている。
リハーサルなき社会実験
2019年4月に導入される特定技能制度についても課題は山積している。
第一に、特定技能1号の試験準備が間に合わないのだ。今年4月に実施できるのは外食・介護・宿泊の3業種に限られる見通しだ。残る11業種は2019年度中の試験実施に向け、それぞれの監督官庁が試験内容などを詰めるという。
第二に、人材が大都市に集中する弊害が懸念される。技能実習生に転職の自由はないが、特定技能にはそれが認められるためだ。賃金が高い東京など大都市に人材が集まれば、地方での人手不足解消にはつながらない。政府は外国人受け入れで先進的な取り組みを進める自治体に対し、交付金を活用して財政支援する制度などを創設したが、実効性には疑問の声もある。
第三に、特定技能1号が新設されても、失踪や低賃金、長時間労働など多くの問題を抱える技能実習制度は並存する。2019年度には技能実習生の6割が特定技能1号へ移行するとみられるが、まだ相当数の実習生が残されるのだ。
今後はホワイトカラーも課題に
一方、今後はホワイトカラー(高度外国人材)の受け入れも課題になりそうだ。ITの急速な発展や先進国の少子高齢化を背景に、特殊な技術を持つエンジニアなどをめぐり、国境を越えた人材争奪戦が激しさを増しているからだ。
ドイツは2018年、欧州連合(EU)域外の高度外国人材を獲得するため、「専門人材移民法案」を閣議決定し、2020年前半の施行を目指す。アジアでも出生率が低下する韓国などが外国人材の受け入れを積極化している。
一方、日本は生活費の高さや「日本語の壁」がネックになり、グローバル人材の争奪戦で後れをとる。政府は未来投資戦略2017で「2020年末までに1万人、2022年末までに2万人の高度外国人材の認定を目指す」という目標を設定。第一目標は2017年に前倒しで達成した。しかし、第二目標の達成には5000人程度の上積みが必要で、現状では極めて難しい情勢だ。
背景に「働きにくい土壌」
苦戦の背景には、外国人が働きにくい土壌がある。国際経営開発研究所(IMD)が毎年発表する、外国人材受け入れ体制を評価した「世界人材ランキング」で、日本は63カ国中29位にとどまる。アジアの中でも、シンガポールや香港などに大きく後れをとる。
外国人材受け入れランキング(2018年・世界)
外国人材受け入れランキング(2018年・アジア)
(出所)国際経営開発研究所(IMD)「IMD WORLD TALENT RANKING 2018」
ランキングの評価項目のうち、特に日本の評価が低いのは「管理職の海外経験」(62位)、「語学力」(61位)、「生活費の高さ」(60位)など。「高度外国人材への魅力」(50位)も下位で、外国人のホワイトカラーに働きたい職場を提供できていないことが分かる。
課題は外国人本人の働きやすさだけでなく、帯同する家族の生活環境面でも指摘される。生活費の高さや、医療や教育といったサービス面で家族の不満が強いようだ。このため、政府も前出の未来投資戦略2017でようやく「外国人子弟への教育の充実」「医療機関における外国人患者受入れ体制の整備」「外国語対応拡充及び情報発信」などを打ち出したが、具体化はこれからだ。
留学生と企業の間にギャップ
近年、少子化に悩む日本の大学は、外国人留学生の受け入れを増やしてきた。しかし、その多くが日本企業への就職を希望するにもかかわらず、なかなか就職がかなわないのが現実だ。
日本学生支援機構が2016年1月に調査した結果によると、外国人留学生の64%は日本国内での就職を希望した。しかし、同年度の留学生の日本企業への就職率は36%にとどまった。背景には、企業と留学生の間に三つの意識差(ギャップ)があると考えられる。
①大企業志向
就活支援や人材派遣などを展開するディスコや留学生就職支援ネットワークの調査結果によると、留学生は就職先を選ぶ際、日本人学生に比べて、「大企業・有名企業」「企業の将来性と活躍できる環境」「グローバル展開企業」を望む傾向が強い。しかし、大企業・有名企業の採用枠は希望者数よりもずっと少なく、日本人と同じ条件で競うため競争は激しい。法務省の2017年の資料によると、従業員規模1000人未満への就職が74%を占めている。
②異なるキャリア像
外国人留学生の多くは、自分の専門分野でキャリアを築きたいという希望を持っている。しかし日本企業では、さまざまな部署を経験させた上でゼネラリストを育てる「メンバーシップ型雇用」が主流だ。これでは就職してすぐに自分の希望する分野を担当できるとは限らない。優秀な学生の中には、日本の大学を卒業後に一般企業でキャリアを積み、将来は海外で活躍する国際機関やグローバル企業に就職したいという向きが多い。ディスコの調査では、外国人留学生の63%が新卒で入社した後、転職や独立・起業などのキャリアアップを考えているという結果が出ている。
③日本語と企業文化
ディスコの調査によると、大半の日本企業が留学生に要求する日本語能力は「ビジネス中級」以上である。しかし、ビジネスの現場で求められる日本語コミュニケーション能力は留学生にとって決して低いハードルではない。面接や作文試験では日本人学生と同じ基準で比べられるため、大学生活で言葉に支障がなくても、就職活動では苦戦するケースが多い。
企業文化の違いも、留学生にとっては障壁になる。例えば、日本の「すべて説明されなくても察してくれる」といった独特の文化は、外国人には理解し難い。会社説明会やインターン活動を通じ、「空気が支配する職場」に抵抗を感じて就職をあきらめるケースも少なくないとみられる。
多様性を競争力に
日本では今後、労働力不足がますます深刻になる。企業は新たな労働力として女性や高齢者の活用、技術革新による生産性向上に向け、真摯(しんし)に取り組まなくてはならない。
しかし、構造的な労働力不足を補うには、こうした施策だけでは不十分だ。中でも外国人材の活用は重要課題になる。その際、高まる多様性を競争力に昇華させていくには、人事処遇制度の改革が求められる。
同時に、労働者の家族に対する教育などの支援も欠かせない。欧米では移民の急増と孤立による社会の分断が深刻化する。こうした課題に対し、企業だけで取り組むのは不可能だ。自治体やボランティアなど幅広い協力が必要な時代が到来した。
(写真)松林 薫 PENTAX Q7
日本人と外国人が共生するには、自治体に加え民間の支援活動も欠かせない。静岡県浜松市でスーパーマーケット「Servitu(セルヴィツー)」を経営する日系2世の増子利栄(ますこ・としえい)代表取締役(日伯交流協会理事)に、地域と外国人市民を結ぶ活動についてインタビューした。
―どのような活動をしているのか。
ブラジル人が情報交換できる場を創ろうと、1991年にブラジル料理店を開店した。翌年には「セルヴィツー」を開業。2007年に現在の場所に移転し、スーパーマーケットとレストランを営んでいる。
年2回のインターナショナルカラオケ大会など、外国人と日本人が交流するイベントを開いている。活動は浜松市にとどまらない。2011年の東日本大震災の際には、放射能汚染を恐れて敬遠するボランティア団体もある中、福島県へキャラバン隊を組んで支援に行った。
―増子さんを突き動かしているものは。
日本に恩返ししたいという思いだ。日本政府をはじめ、日本人はブラジル人に仕事を与えてくれるなどさまざまな支援をしてくれた。だから日本人が困っている時には助けたい。
―今後の取り組みは。
2020年東京五輪・パラリンピックでは、ブラジル選手団の合宿地が浜松市に設けられる。地元のブラジル人を挙げて歓迎するつもりだ。ブラジル領事館を通じてボルソナロ大統領を招待することも考えている。外国人市民と日本人の交流活動はこれからも精力的に続けていきたい。
セルヴィツーの増子利栄・代表取締役
(写真)古賀 雅之 RICOH GR
研究員 古賀 雅之 平井 真紀子